ギシ、とベッドが軋む音でⅣは目を覚ました。
「……りょーが?」
「まさか久しぶりに顔合わせたってのに先に寝てるとは思わなかっ
たぜ」
怒りよりは呆れに近い声音で凌牙が吐き捨てる。髪がまだ少し濡れ
ていて、あぁ、風呂上がりなんだな、とⅣはぼんやりと思った。
「…だって…眠ぃ」
時刻は夜の十二時を少し過ぎた頃。夜が弱いⅣにすればもう眠くて
しかたがない。先に風呂に入った後、一応Ⅳは凌牙を待っていたつ
もりではあったが、どうやらいつの間にか眠ってしまっていたよう
だ。
睡魔に抗わずにもう一度瞼を閉じるⅣに凌牙はひくひくとこめかみ
をひくつかせる。
Ⅳが凌牙の家に遊びに来るのは次の日がオフの仕事帰りが一番多く
てよくよくこうなるのだが、はいそうですかおやすみ、と言って抱
き枕よろしく抱きしめて寝るわけには凌牙はいかない。先週はⅣに
抱きつかれたまま爆睡されて何もできずに朝を迎えるという非常に
不本意な夜だっただけに余計に。
無防備に曝されたⅣの首に顔を埋めれば、ふわり、と甘さを孕んだ
匂いが凌牙の鼻腔を擽る。ⅢがⅣにわざわざもたせた、凌牙には名
前もわからないシャンプーやボディーソープの匂いだ。最初凌牙は
それがⅢからの牽制のようでⅣがこの匂いを纏うのが気に食わなか
ったが、Ⅳ自身はただ単にいつも使っているから凌牙の家にも置い
ているだけで他意はなさそうだったし、慣れればこれはこれでⅣの
匂いなのだと凌牙も割とすんなりと受け入れられるようになった。
躍起になって自分と同じものを使わせようとしていた過去の自分が
実に馬鹿らしいと凌牙は笑ってしまう。同じ匂いをつけたくらいで
Ⅳを自分のものにできるわけもないのに。
むしろ、甘さと清潔感に満たされたⅣのこの身体を、汗や体液で汚
して自分の匂いを纏わせることをこれからするのだと思うと、
凌牙は興奮してきた。
ごくり、と凌牙の咽喉が鳴る。
「…りょーが?」
すりすりと猫のように頭を擦りつけてくる凌牙に、Ⅳは寝ぼけ眼の
舌足らずな声でなんだよ、と凌牙の名前を呼ぶ。ちろちろと覗く赤
い舌に誘われるように凌牙はⅣに口づける。
「やめっ…眠ぃ…や、」
キスの合間にⅣが頭をゆるゆると振って嫌がるが大した抵抗にはな
らず、凌牙はやんわりと押し留めると角度を変えてキスを繰り返し
た。Ⅳが好む甘くて穏やかなキスを。
「お前の身体はその気になってるみたいだぜ?」
凌牙はそう言ってシャツをたくしあげ、Ⅳの素肌に触れる。
「ふっ…ぅ、お、まえが、触るから、だろっ…」
しっとりとした肌を凌牙の掌が吸い付くように這い、胸の突起をぐ
にぐにと捏ねる度に、Ⅳの身体は堪えきれずにふるふると震え、力
なく彷徨う手が縋るようにシーツを掴み寄せて皺を作る。
「いい感じに尖ってきたじゃねぇか」
「か、噛みながら話すんじゃねぇよぉ」
凌牙が耳を甘噛みしながら囁いたり笑ったりする度に、吐息混じり
に与えられるゾクゾクとした刺激がむず痒くて、Ⅳは目をきつく閉
じたまま涙声で叫んだ。
睡魔は最早すっかり何処かへ行ってしまったけれど、代わりにむく
むくと沸き起こる感覚が厄介でⅣは泣きそうになる。
醜い部分も含めてあれだけ曝しはしたが、まだⅣは凌牙にすべてを
曝すのは嫌だった。嫌というよりは恐怖に近い。
凌牙に嫌われるのが怖い。あれだけ凌牙を嫌い憎み傷つけたくせに
自分勝手な願いだと承知してはいるのだけれど。
「っぁ!」
すぼめられた舌が穴をくすぐるようにねっとりと舐る。聴覚から犯
されている感覚にⅣの背筋を甘く鋭く痺れるような快感が駆け巡る
。
凌牙が膝でⅣの股間をぐりぐりと弄れば、面白いようにⅣの身体が
跳ねた。
「はっ…ぁふ、…ん、ぁあッ」
凌牙も息が荒くなっているから感じてくれているはずだが、もしも
これで自分だけこうも感じてしまっているのならば酷い道化だとⅣ
は唇を噛む。
与えられる役割を演じるのはいいが、本心を曝すのはⅣにとってい
まだに恐怖が付きまとう。
「っふ、ぅう」
凌牙の手が頭をもたげたⅣの欲望に触れる。くちゅり、と篭った水
音が洩れた。
「くそっ」
Ⅳは小さく舌打ちすると、凌牙に腕を回して抱きついた。
「ちくしょう!さっさと抱け!」
「…お前にしちゃあ随分と積極的だな」
突然のⅣの行動に凌牙も驚いたようで声が僅かに上擦る。
「うるせぇ!ちんたらされるのが嫌なんだよ!」
凌牙が少し嬉しそうに笑うのを見て、Ⅳは悔しそうに舌打ちして顔
を背ける。耳まで赤い。
「可愛がってやってるんだけどな」
「ンんっ…いらねぇよ!女じゃねぇんだぞ!」
「癇癪起こすなって…」
宥めるように凌牙はⅣの背中をさすってやる。荒れた呼吸が穏やか
になるまで何度も何度も。
羞恥やなんやかんやでいっぱいいっぱいになっているⅣをこれ以上
弄っていじめるのは得策ではないと凌牙は判断した。
別に癇癪が爆発したⅣだろうが抱くのは簡単だし、凌牙の欲望は一
応は満たされる。だがそれでは以前と何ら変わりない。
今はもっとちゃんとⅣを可愛がりたいし愛したいのだ。恥ずかしい
から口には出さないが。
「まぁ、こっちもそろそろ頃合いみたいだしな」
笑いながら凌牙が指を引き抜いた。
三本の指に愛撫されてすっかり解れたそこが銜えるものを欲して切
なく戦慄く。
「なんだったらいっそ『ちょーだい』とかも聞いてみたいがな」
「さっさと挿れてさっさと終われ!クソガキ」
ぼそり、と凌牙が呟いた言葉にⅣは顔を顰めて凌牙の髪を抗議とば
かりに引っ張る。
「いってぇな。…優しくしてやんねぇぞ」
「誰も望んでねぇよ!」
「…俺が嫌なんだって。いい加減わかれよ、馬鹿」
独り言に近い呟きを凌牙は口の中で吐き捨てた。
もう何度身体を重ねたかしれない。最近は優しくしているつもりだ
しⅣもたまには甘えてくれる。だが過去は消えない。自分もⅣ
に傷つけられたとはいえ、セックスというには酷い抱き方でⅣに憎
しみをぶつけていた事実は変わらない。
「おい、息吐いとけって」
「…うるさっ、ぃ…」
「あと顔見せろって」
凌牙が顔を覆い隠そうとするⅣの腕を引き剥がす。
「悪趣味!」
「いいだろ。好きなんだよ」
―俺ので感じてるお前の顔。
「っ…変態!」
「…そこは素直に喜んどけよな」
「ん、んんっ!!」
凌牙の欲望の切っ先がゆっくりと沈められていく。
すでに何度繰り返したかわからないほど繰り返している行為だがい
つまで経ってもⅣの心は少しも慣れない。
「だから息…」
「うるせぇ!命令すんじゃね…あ!ぁ、あぁっ!」
ずぶずぶとめり込む異物の圧迫感にⅣは思わず声を上げる。
振り乱された髪がシーツの上でバサバサと揺れて散った。
「ひっ…動くなぁっ!」
「ぁ?さっさと終われっつってただろ?」
「…まっ、まだ…」
一旦抜こうと身体を揺らした凌牙に、すすり泣くようにⅣが告げる
。
行為の合間に少しずつⅣが自分の意見を口にするようになって、凌
牙は内心ほっと安堵していた。以前は本当にただ揺さぶられている
だけの人形のようだったから。
「…んっ…もう、いい」
小さく、聞き取れないくらい小さくⅣが呟いた。縋りつくように凌
牙の腕に手を添えながら。
凌牙はゆっくりと律動を刻み始める。Ⅳの吐息が苦痛を堪えるもの
から次第に甘く綻びていく。
「ひぁ?!やっ…そこ、やぁあ!!」
「嫌?いい、の間違いだろ?」
一点を突けば、途端にⅣの甲高い嬌声が弾け、凌牙の背中に深く爪
を立てた。蕩けた内部が凌牙の欲望に甘くねだるように絡みつく。
その感覚に酔いながら、凌牙は腰を打ちつけていく。
「いいから素直に感じてろって」
「ぁっあ…ひ、ぁ、ぅあ…ぁああ!!」
凌牙のもので満たされて何も考えられなくなる。輪郭がドロドロに
溶け落ちていく感覚に呑まれてⅣは果てた。
「くそっ…ベトベトじゃねぇか」
気持ち悪ぃ、と掠れた声でⅣがぼやく。
「もっかい風呂行けばいいだろ?」
「…だりぃ」
Ⅳはぽふ、と力なく枕に頭を預けた。
無理をさせた自覚は凌牙にもある。どうにもⅣを前にしていると色
々と吹っ飛んでしまうのだ。
「しょうがねぇから洗ってや―」
「いらねぇ」
「てめ、」
折角の提案を拒否されて声を荒げる凌牙を、Ⅳはジト目で睨めつけ
る。
「どうせ中でする気だろーが」
「変なとこ学習能力つきやがって。…可愛くねぇなぁ」
「可愛くなくて悪かったな」
ぷいっと凌牙とは反対の壁を向いてⅣは吐き捨てた。
「…なんでそこで拗ねるのかわかんねぇ」
凌牙は髪をぐしゃり、とかき混ぜて低く呻く。
「あ~!めんどくせぇ!」苛立ったような声とともにぐいっと乱暴
に引き寄せられて、Ⅳはあっさりと凌牙の腕の中に収まる。
「なっ?!」
「俺が入りたいから入る。ついでにお前も持ってきたいから持って
く」
「お前っ」
「異議は認めねぇ」
ひょいっと尚も喚くⅣの身体を抱え上げて凌牙は浴室へと向かった
。パタン、と浴室のドアが閉まり、Ⅳの声をかき消すようにシャワ
ーの音が響く。
夜はまだこれからだ―。
Fin.